さぬきストーリー・プロジェクト

新企画 さぬきストーリー・プロジェクト

東京都  金子知香さん

投稿作品

No.187【「野球」と「オカン」と「アタシ」】

感動した話

6年ほど前のことだっただろうか。ある仕事が決まり引っ越した矢先、新居の目の前の道路を逆走してきた車にハネラレタアタシは事もあろうか「障害者1級」保持者になってしまった。当時、無残な姿になった「アタシ」をみた「オカン」は介護が必要な体であったにも関わらず、運動が超絶大好きな私に「アンタは最後パラリンでもでりゃええけん、大丈夫だ」それだけ言いに来た後、パーキンソン病が精神的ショックから悪化し、水頭症などを合併し、しゃべられないだけでなく、呼吸器の管は饂飩顔負けに「オカン」に絡みついていた。「もう覚悟してください」そう医師から呼び出され「アタシ」はとっさに「ホームラン打って見せるけん、まっちぇろおかん。アタシも頑張る、オーーーッス」と国立医療センターのER室で絶叫し、途方に暮れていたオトンも「オレも頑張るウイーッス」そう叫び、それからアタシは野球を死に物狂いで始めた。
何故ならずっと父の安い給与を支えていた母の最期の夢は島の先生だったからだ。母は阿久 悠さんが大好きで最初、熱海諸島の先生に最後なりたかったのだが、瀬戸大橋ができた折、怖がりで飛行機に乗れないオカンはアタシと新幹線に乗り、瀬戸大橋を渡り、香川や四国をめぐっていた折、こともあろうか、突然アタシの頭に鳩が落し物をした時の泣きそうな顔をみて「決めた。四国の先生に最後なる。それまでがーんばろ♪」そうケタケタ大笑いし、鳩の落とし物にまみれた私の腕をつかんで飛び込んだのが香川のある寂れた温泉だったのだ。湯上りに饂飩をかっくらった母は、「こげんうまか饂飩、東京にはなかばい」そう満面の笑みを浮かべ、「オトンと老後は香川に越してくるぞー、ウイーッス♪」と叫んでいた事を2016年5月、見るも無残な姿になっても必死に「生き終えた」母を看取った時「アタシ」は思い出したからだ。「やったるで!」心の鼻息は誰よりも荒く、障碍者野球チームに片っ端から電話をし、男子しかいないチームに入れて貰ったアタシの野望が芽生えた瞬間だった。
アタシはサウスポーでホームランを打ちスライダーを投げ、男たちは度肝を抜かした。そして..私はシン・瀬戸内少年野球団の再生を図るべく、「希望」を胸に、饂飩も食う、映画も見る、車も転がす「すっとんきょオバさん」として、今年この映画祭に乗り込むことをここに「宣誓」します。
おばさんですよ?
真っ赤なKですが何か妖怪?(笑)

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